うちの一人目ティーミンは、今のところは普通に登校しています。
幼稚園に通っていた時も、ひどい登園拒否はありませんでした。『あーあ、家にいたら好きに過ごせるのになあ、幼稚園に行きたくないなあ』くらいのことは休み明けに言うことはありましたが、『絶対行きたくない』と泣き叫ぶようなことはありませんでした。
でも、入園2ヶ月前に開催された説明会兼母子分離のお試し保育の時は、ティーミンは私と離れた後はずっと泣いていたそうで、ついには泣き疲れて寝てしまったほどでした。なにせティーミンが生まれてこの方、ほとんど母子ニコイチのような生活でしたから、当然といえます。
そんな子がどうしてひどい登園しぶりもせずに、ほぼ毎日登園できたのかを考えてみました。
①入園式の翌日のこと。
入園式の翌日、ティーミンは生まれて初めて幼稚園のバスにひとりで乗ることになりました。
入園式にも駆けつけてくれた義父母が、ティーミンの初めての通園バスの乗車も見届けてくれることになりました。
ティーミンは、祖父母と両親の4人とともに、バスが来るのを待ちました。少し緊張していた様子でしたが、見送る人が大勢いたからか、騒いだりもしなかったです。
そしてバスが到着して、開いた扉から幼稚園の先生が出てきた途端、ティーミンは踵を返して逃げ出そうとしたのです。
ところがその瞬間、驚くべきことが起きました。幼稚園の先生が分裂し、私の背中に隠れようとするティーミンをひょいと抱えてバスに乗り込んだのです。
もちろん分裂というのは私の目の錯覚で、バスから降りてきたのは実は二人だったのです。
一人目の先生の背中に隠れて二人目の先生が見えなかったのと、二人目の先生の動きがあまりに素早かったので、全員あっけにとられました。
後で義母が『さすがプロや、忍者みたいやったねえ』と笑っていました。『ではお預かりいたします』と先生はにこやかに挨拶し、バスは発車しました。
バスの中で、ティーミンは先生のひざにだっこされて泣いていました。少し心配にはなりましたが、私は笑顔で手を振って見送りました。
後日、3つほど後のバス停でうちの子を目撃したママ友によると、とても上機嫌に見えたそうです。先生を独り占めできて、しかも優しくしてもらってうれしかったのでしょうか。
うちのティーミンはおしゃべりが大好きで、彼の話を聞いてくれる人が大好きなのです。先輩ママさんたちや幼稚園の先生方が、『お母さんと離れて泣く子も案外大丈夫』と言うのは本当だな、と思いました。
②入園式の翌々日
さて、ある意味初日でした。『通常運転』になるのがこの日だったからです。
見送りは母ひとりです。昨日バスに乗って幼稚園へ行き、数時間過ごして帰って来たので、通園バスや幼稚園がどういう感じかティーミンも分かっています。
時間が迫ってくると、うちの子は出かけるのを渋りはじめました。『行きたくない』とはほとんど言わなかった気がします。私が『幼稚園を休むのは、ティーミンが風邪をひいた時で、その場合はお家でずっと寝てるんよ、YouTubeは見せないよ』と言ったせいかもしれません。
『お母さんも一緒に行こうよ』と言っていました。『お母さんもバスに乗って、一緒に幼稚園へ行こう』と。
こう言われて、私の方が緊張しました。私の対応が間違ったら、ティーミンは本当に幼稚園に行けなくなりそうです。
私は、ティーミンと視線を合わせました。そして『昨日ティーミンは幼稚園のバスに乗ったけど、誰かお母さんは乗ってた?』と尋ねました。ティーミンは、首を横に振りました。
『幼稚園の教室に、誰かのママはいた?』とさらに尋ねました。
『いなかったよ』とティーミンは答えました。
『お母さんがいなくて寂しいかもしれへんけど、それは皆同じなんやで。バスに乗ってる子たちも、教室にいる子たちも同じ。寂しいと思っても、それはティーミンだけやないんよ』と私は言いました。
ティーミンは、びっくりした顔をしていた気がします。
母と離れても同じ幼稚園の子が仲間としてそばにいてくれる、ティーミンはひとりじゃない。
そういうことをわかってほしくて言ったのですが、相手は3歳です。私の意図が伝わったかどうかはわかりません。
ただ、『お母さんもバスに乗ってよ』とは、ピタリと言わなくなりました。そして、その日からバスに乗るのを渋ったり泣いたりもせず、3年間幼稚園に通いました。
③その後のティーミン
幼稚園へのひどい登園渋りはありませんでしたが、実のところ毎朝緊張や不安はあったようでした。
バスを待つ間は、総じてテンションが低かったです。入園後しばらくは、抱っこをせがまれました。だから、バスが来るのを待つ間は、ずっと抱っこしていました。
『ティーミンくんは、どうしていつも上の方にいるの』と同じバス停を使う年中の男の子から聞かれたくらいです。そんなふうに私にくっついていても、バスが来てドアが開くと、私の腕から飛び降りて、振り返らずにバスに乗り込んでいました。きっと母の抱っこで自分の心を落ち着けていたのだと思います。
夏が近づいて抱っこがお互いにキツい頃は、じゃんけんをしたり追いかけっこをしたりして、気を紛らわせていました。
また、転勤族の多い地域なので、バス停のメンバーはよく変わりましたが、ティーミンと相性の良くない子がいなかったのもラッキーでした。お母さん方も皆、良い人たちでした。
④『無理強いしない』幼稚園の対応
入園したてのティーミンは、幼稚園の制帽が大嫌いでした。幼稚園からのお便りには、『毎日制服制帽を着用して下さい』とありましたが、手に持って通園しました。
『被りたがらない』とバスの先生に話すと、『結構ですよ』とすんなり了承されました。私の目の前では、ティーミンが制帽を被ることを強要されることはありませんでした。
結局、嫌がらずに自ら制帽を被るまでおよそ3ヶ月を要しました。
それに、ティーミンはオムツでの通園でした。入園当初からトイレで用を足すことはできていましたが、完璧主義で不安が強いティーミンがパンツを履きたがらなかったのです。
だから、幼稚園を選ぶ時からオムツOKが条件でした。担任の先生が頻繁にトイレ休憩を入れて下さったおかげで、幼稚園でもオムツの中で用を足すことはありませんでした。それなのになかなかオムツが外れず、焦ることもありました。そんな時、『うちのはオムツが外れてたけど、毎日濡れたパンツとズボンをお土産にしてたよ、だから心配ないよ』と先輩ママさんに明るく言ってもらえて、とてもうれしかったです。
幼稚園でも、先生が時々『パンツを履いてみようよ』と言ってくれたようでしたが、強要はされなかったようです。結局、ティーミンがパンツで通園するようになったのは、秋からでした。
こうして振り返ってみると、周りの人達に随分助けてもらったなあと感じます。それに、私は本当に大したことをしてなくて、ティーミンが頑張ったんだなとも思います。登園渋りで困っている人の役には全然立ちそうにないですね。オバさんの思い出話でした。
今週のお題「下書き供養」