うちの夫には、口癖があります。
休日に車で出かけると必ず、帰宅途中に「今日はどうだった?」と運転しながら尋ねるのです。
後部座席に並んで座る私と一人息子のティーミンに、回答を拒否する権利はありません。返事を聞くまで、夫は諦めないからです。
私は必ず「楽しかったよ、ありがとう」と大袈裟なくらいに言います。でも、夫が聞きたいのはいつだって愛する我が子の答えなのです。
「それで、ティーミンはどうや? 楽しかったか?」
夫のこのセリフと薄暗くなってきた車窓に雨粒が落ちるのを見ると、必ず思い出すことがあります。
ティーミンが2歳の頃、休日に雨が降るとよくホームセンターへ行きました。
自宅から車で15分ほどの場所にあるその店には、キッズスペースがありました。お目当ては、そこに設置されたふわふわなアスレチックです。
2歳のティーミンは、何時間もそこで遊びました。ホームセンター内にフードコートもあったので、食事やおやつを挟んで半日滞在することもありました。
特に、2歳といえばイヤイヤ期真っ只中です。「帰ろう」と普通に促しても、聞く耳を持ちません。
それで、フードコートでおやつを食べたり、トイレに行ったタイミングで、アスレチックのことを忘れている間に帰ることが多かったです。
2歳くらいの子は、何かに執着しても、目の前からその対象物が消えると割と忘れてしまうものですよね。
やれやれようやく帰れたなと、後部座席でホッとしたのも束の間、帰りの車内で夫が例の口癖を炸裂させるのです。
「ティーミン、今日は楽しかったか?」と。
その途端、ティーミンは大好きなアスレチックのことを思い出します。そして泣き出すのです。時には「もう一度戻ってよー!」と言い出します。
泣いている息子をなだめるのは、もちろん私の役目です。車窓に跡を引きながら流れ落ちる雨粒は、私には息子の涙と重なって見えたものです。
ところが、ハンドルを握る元凶はどこか満足そうに、「そうかそんなに名残惜しかったのか、また遊びに連れて行くからそんなに泣くな」。
呆れたことに、自分のセリフが悲劇を引き起こしていることに全く気付いていないらしいのです。
最近になって、「あの頃は大変やったな」と夫が呑気に言うので、「誰のせいよ?」と半分恨みを込めて聞いてみたら、どうやら自分の質問が息子を泣かせているという自覚はしていたようなんです。
だったらなぜ言うんだって話ですが、これがもう「クセだから」ということのようでして。
ちなみに、夫が自分の癖を自覚して気をつけるより前に、子供のほうが成長しました。
「うん楽しかったー」と答えるティーミンの声が棒読み気味なのに気づいているのかいないのか、「ならまた行こうか」と喜んでいる夫に、私は車窓についた雨粒を数えるふりをして笑いを堪えているのでした。
今週のお題「雨の日の過ごし方」